成功・失敗事例から学ぶ危機修復とステークホルダー
事例で学ぶ失敗パターン:意思決定につながらない現場の情報
危機対応に関する第三者委員会報告書を読んでいると、繰り返し現れるパターンがある。それは、現場には情報が存在していたにもかかわらず、その情報が上層部まで届かず、意思決定へ結び付かなかったという問題である。
2021年のみずほ銀行の一連のシステム障害を例とすると、第三者委員会はシステムそのものの障害だけではなく、危機管理体制そのものを重要な検討対象としている。報告書では、障害情報が各部署で把握されながらも、それらが十分に集約されず、経営レベルで状況を共有する体制の立ち上がりにも時間を要したことが指摘されている。結果として、障害対応、顧客対応、情報発信がそれぞれ別個に進み、全体として統一した危機対応にならなかったのである。
興味深いのは、報告書が問題を「情報不足」と整理していない点である。現場では営業店やシステム部門から継続的に情報が上がっていた。しかし、それらを統合し、「全社的危機」と位置づける判断主体が十分に機能しなかった。危機対応上の問題は、情報の有無ではなく、情報を意思決定へ変換するプロセスにあったのである。そして、そういったプロセスは常に組織として構築する必要があるが、組織的にそういった状況に対応しきれていなかったのだといえる。
この構造は、情報が意思決定の権限者まで届かないという、情報流の隔絶として理解できる。通常の組織においては、情報は現場に集まり、意思決定権限は上位層に集中する。しかし危機時には、この分業構造そのものが初動の遅れを生み出す要因となる。現場は状況を把握していても対外的な判断はできず、経営陣は判断権限を持ちながら十分な情報を得られない。その結果、組織全体として対応速度が低下する。平時においてこの分業が問題になるわけではないが、危機の対応と修復においては、この分業体制を超えた情報流を構築しない限り、同様の問題が起きるはずである。
このような現象は、品質問題や大規模障害など、みずほ銀行だけにとどまらず多くの危機事例に共通して確認される。危機対応において問われるのは、情報をいかに意思決定者に届けるのか、なのである。
事例で学ぶ成功パターン:信頼を得る危機対応
危機対応では「初動の速さ」が重視される。しかし、公開されている事例を比較すると、初動の遅れだけで危機対応の成否が決まるわけではないことが分かる。むしろ、危機が長期化した場合には、その後の説明のあり方が社会的評価を左右する場合が少なくない。
2022年7月に発生したKDDIの大規模通信障害は、その代表的な事例である。障害は音声通話やデータ通信に広範な影響を及ぼし、完全復旧までには数日を要した。総務省は事故を重大事故として扱い、KDDIに対して事故原因の究明と再発防止策の報告を求めた。その後公表された検証報告書では、ネットワーク障害の技術的要因だけでなく、利用者への情報提供や危機管理体制についても検証対象となっている。
一方で、社会的評価を見ると、KDDIの対応は必ずしも一貫して否定的には受け止められておらず、むしろ好意的な反応すら目立っていた。記者会見では、障害発生の経緯、復旧状況、技術的な原因について段階的に説明が行われ、その後も補償方針や再発防止策が順次公表された。説明内容は時間の経過とともに更新され、原因究明の進展に応じて情報が修正・追加されている。
ここで注目すべきなのは、KDDIは「最初から完全な説明」を目指したわけではないという点である。障害発生直後には、影響範囲も原因も十分には把握されていなかった。そのため、会見では「現時点で確認できている事実」と「引き続き調査中である事項」が区別して説明されている。危機対応として重要だったのは、不確実な情報を断定的に語らず、確認できた事実を継続的に更新する姿勢であった。
危機対応に関する研究をみると、危機時のコミュニケーションには、迅速性だけでなく一貫性や透明性が求められる。初期において説明できないことがあることや説明内容が途中で更新されることは、必ずしも失敗ではない。むしろ、状況認識の変化を隠さず公開し続けることによって、組織が危機に正面から向き合っていることを社会へ示すことができる。
そのように捉えると、危機対応における説明は、一度の記者会見で完結するものではない。組織としての危機対応と危機修復の体制は、事実関係の整理、原因究明、再発防止策の提示までを含めた継続的なプロセスとして設計される必要がある。KDDIの事例は、初動の速度だけでは説明できない危機修復の特徴を示している。信頼は、最初の数時間だけで形成されるのではなく、その後に積み重ねられる説明の質によっても大きく左右されるのである。
官公庁・規制当局がステークホルダーになるとき:期待ギャップの危険
危機対応では、直接の被害者やメディアのみならず、顧客や取引先、株主などステークホルダーへの対応が重視される。そして、社会インフラや規制産業といった業界においては、それと並んで重要なステークホルダーが存在する。官公庁や規制当局である。行政機関がステークホルダーとして特殊なのは、企業活動を監督する立場にあるというのみならず社会全体の安全や公共性を確保するという役割を担っているため、危機対応に対する評価基準が一般のステークホルダーとは異なる。
2022年のKDDI通信障害では、総務省は事故を電気通信事業法上の「重大な事故」に該当すると判断し、事故原因や再発防止策について詳細な報告を求めた。その後の行政上の検証では、設備構成や障害原因だけではなく、利用者への周知方法や危機管理体制、復旧プロセスについても検討対象となっている。行政が関心を寄せたのは、技術的な障害そのものだけではなく、公共インフラを担う事業者として期待される対応が適切であったかという点であった。
ここで重要になるのが、「法令違反」と「社会的期待」は同じではないということである。企業は法令を遵守していても、行政は公共性や社会的責任の観点から改善を求めることがある。反対に、企業側は「法的義務は果たしている」と認識していても、行政は「社会インフラ事業者として期待される水準には達していない」と評価する場合がある。
このような認識のずれは、組織論でいう期待ギャップとして理解することができる。企業は経済合理性や経営判断を基準に行動する一方、行政は公共利益や利用者保護を基準に評価する。そのため、同じ出来事であっても、企業と規制当局では危機の意味づけが異なることが少なくない。
第三者委員会報告書や行政の検証資料を読むと、多くの場合、問題視されているのは事故そのものだけではない。危機発生後の情報共有、関係機関との連携、説明責任の果たし方など、危機管理全体のプロセスが評価対象となっている。これは、行政が個別の技術的失敗よりも、組織として再発防止能力を備えているかどうかを重視しているためである。
危機修復のマネジメントでは、官公庁や規制当局を「事後的な監督者」と捉えるだけでは十分ではない。危機発生時には、行政もまた重要なステークホルダーとなり、その期待に応えるコミュニケーションが求められる。危機対応とは、社会との信頼関係を再構築する過程である以上、その「社会」を代表する行政機関との関係もまた、危機修復の重要な構成要素なのである。
参考文献一覧
株式会社みずほフィナンシャルグループ『システム障害特別調査委員会調査報告書の受領について』2021年6月15日。https://www.mizuho-fg.co.jp/release/20210615release_jp.html
株式会社みずほフィナンシャルグループ・株式会社みずほ銀行『株式会社みずほ銀行におけるシステム障害にかかる原因究明・再発防止について』2021年6月15日。https://www.mizuho-fg.co.jp/release/20210615_2release_jp.html
株式会社みずほフィナンシャルグループ・株式会社みずほ銀行『株式会社みずほ銀行におけるシステム障害に係る対応状況について』2021年4月5日。https://www.mizuho-fg.co.jp/release/20210405_2release_jp.html
株式会社みずほフィナンシャルグループ『システム障害に関する第三者委員会等の設置について』2021年3月17日。https://www.mizuho-fg.co.jp/release/20210317release_jp.html
KDDI株式会社『2022年7月2日に発生した通信障害の行政指導に対する報告書を提出』2022年11月2日。https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2022/11/02/6361.html
総務省『KDDI株式会社に対する電気通信事故に関する適切な対応についての指導』2022年。https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/
総務省『KDDI株式会社から提出された報告書について』2022年。https://www.soumu.go.jp/