なぜ障害対応は属人化するのか?属人化にどう向き合えばいいのか?

2026/08/19
松浦 修治

はじめに

システム障害対応の現場では、よく次のような会話が聞かれます。

  • 「あの人がいないと復旧できない」
  • 「あの人しか状況整理できない」
  • 「結局、最後はベテランを呼ぶことになる」

一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。そして、多くの場合、この状態は問題視されます。

  • 属人化している。
  • ナレッジ共有が足りない。
  • 手順書が整備されていない。
  • 教育が不足している。

そのため、「標準化しよう」「手順化しよう」「ナレッジを蓄積して勉強会を開催しよう」といった改善活動が始まります。もちろん、それ自体は重要です。しかし、それだけでは解決しないことも多いのではないでしょうか。

それでも、いざ大規模障害が起きると、「あの人」が呼ばれる。そして、その人が来ると、不思議なくらい状況整理が進み始める。障害原因の当たりがつき、関係者の会話が整理され、対応方針が決まっていく。

このような光景は、多くの現場で見られます。では、なぜ障害対応は属人化してしまうのでしょうか。

本稿では、この問題を単なる「個人スキル」の問題ではなく、「構造」の問題として整理してみたいと思います。


属人化は“能力の高さ”だけでは説明できない

まず整理したいのは、属人化そのものが悪いわけではない、という点です。障害対応で頼られる人は、多くの場合、本当に優秀です。

  • 状況整理が速い。
  • 判断が的確。
  • 影響範囲を読むのがうまい。
  • ビジネスや業務を理解し、関係者とのコミュニケーションも安定している。

だからこそ、周囲は頼ります。しかし、ここで重要なのは、頼られる人の能力や属人化が問題なのではありません。問題なのは、その判断や行動が再現できないことです。

例えば、こんなシーンを考えてみてください。

あるECサイトで、夜間に断続的なレスポンス遅延が発生しました。監視アラートは大量に出ていますが、CPU使用率もメモリ使用率も大きな異常は見当たりません。

  • 若手メンバーは、まずサーバリソースを疑います。
  • ミドルウェア担当はDB負荷を確認します。
  • ネットワーク担当は通信遅延を疑います。

その中で、ベテラン担当者が一言こう言います。

「これ、バッチ処理とAPIリトライが競合してる気がしますね」。

そして調査すると、実際にその通りだった、というケースです。周囲から見ると、「なぜそんなことが分かったのか」と感じます。

しかし本人に聞くと、

  • 「以前、似たパターンがあった」
  • 「CPUではなく応答時間の変化が似ていた」
  • 「監視アラートの出る順番でピンときた」

といった説明が返ってくることがあります。つまり、本人の中では、一定の判断根拠が存在しているのです。ただし、その判断根拠が共有されていない

ここに、属人化の本質があります。


障害対応では“情報の非対称性”が発生しやすい

障害対応が属人化しやすい理由の1つに、「情報の非対称性」があります。障害対応では、全員が同じ情報を持っているわけではありません。

  • ある人は、システム構成に詳しい。
  • ある人は、過去障害を知っている。
  • ある人は、ユーザー業務を理解している。
  • ある人は、運用上の制約を把握している。

つまり、持っている情報がバラバラです。しかも、障害対応では時間的余裕がありません。

本来であれば、全員で情報を整理し、認識を合わせ、仮説を比較検討したうえで意思決定したいところです。しかし現実には、その前に「今どうするか」の判断を迫られます。

すると、どうなるでしょうか。当然、情報を多く持っている人に判断が集中します。

例えば、大規模障害時に、

  • この変更はロールバック可能か
  • 他システムへの影響はあるか
  • 業務停止を伴うのか
  • 一時的な代替手段で回避ができるか

といった判断が必要になる場面があります。このとき、過去経緯や運用背景を知っている人に依存せざるを得ません。

つまり、属人化は怠慢の結果ではなく、情報格差の結果でもあるのです。


“文脈”は手順書に書きづらい

さらに難しいのは、障害対応には「文脈」が強く影響することです。

例えば、同じアラートが発生していても、

  • 月末締め処理中なのか
  • 大型キャンペーン中なのか
  • 他システム障害が並行発生しているのか
  • 夜間無人時間帯なのか

によって、取るべきアクションは変わります。つまり、障害対応は「定型業務」ではありません。状況依存性が非常に高いのです。

ここでよく起きるのが、「手順書はあるのに使えない」という問題です。例えば、「DB接続エラー時は接続プールを再起動する」と手順書に書かれていたとします。

しかし実際には、

  • 再起動すると処理中トランザクションが失われる
  • 別系統サービスへ波及する可能性がある
  • 大量の再接続によって負荷が高まり2次災害が発生する

といった事情が存在するかもしれません。すると、単純には実施できません。この瞬間、現場は「判断」を求められます。

つまり、障害対応で本当に難しいのは、作業ではなく判断なのです。


“判断基準”が共有されていない

属人化のもう1つの本質は、「判断基準」が共有されていないことです。

例えば、ECサイトで障害が発生した場合、「多少レスポンスが悪くても注文を受け続けるべきだ」と考える人もいれば、「不整合が発生するくらいなら、一時停止すべきだ」と考える人もいます。

これは単なる意見の違いではありません。「何を最優先に守るべきか」という判断基準の違いです。

どちらも間違いではありません。しかし、その優先順位が共有されていなければ、対応方針は人によって変わります。すると周囲からは、「あの人しか判断できない」という状態に見えます。

実際には、その人だけが特別な能力を持っているわけではありません。単に、その人だけが、

  • 何を優先すべきか
  • どのリスクを許容するか
  • どこまでなら止めてよいか
  • どんな文脈を気にして判断しているか

を理解しているのです。

ここで重要なのは、障害対応では「何を知っているか」だけでなく、「どう判断するか」が重要だという点です。

しかし、多くの現場では、情報共有はされても、「判断の共有」までは踏み込めていません。


属人化を完全になくすことは難しい

ここまで読むと、「では、可能な限り判断基準を言語化して、属人化をなくせばよい」と思われるかもしれません。しかし、障害対応において属人化を完全になくすことは難しいものです。なぜなら、障害対応は本質的に“不確実性”の高い活動だからです。

平常時の定型運用とは異なり、障害対応では、

  • 初めて見る事象
  • 想定外の組み合わせ
  • 情報不足
  • 制限時間付きの判断

が頻繁に発生します。

さらに、近年のシステムは非常に複雑です。SaaS、クラウド、オンプレミス、外部API、マイクロサービス、コンテナ、IaCなど、多数の要素が連携しています。

その結果、障害の原因や影響範囲を事前に完全予測することは、ますます難しくなっています。つまり、一定レベルの“経験依存”は避けられません。

重要なのは、属人化をゼロにすることではなく、制御可能な状態にすることです。


“情報”ではなく“判断”を共有する

では、どのような改善が必要なのでしょうか。ここで重要なのは、「情報共有」だけでは不十分だという点です。

もちろん、手順書やナレッジ共有は必要です。しかし、それだけでは「なぜそう判断したのか」が伝わりません。

例えば、

  • なぜそのタイミングでエスカレーションしたのか
  • なぜ停止ではなく継続運転を選んだのか
  • なぜその順番で調査したのか
  • なぜ影響範囲を先に確認したのか

といった、「判断の理由」を共有する必要があります。

その前提として、障害対応において「何をしたか」が整理されていることが重要です。障害を収束させるために、原因調査や不具合除去のようなシステム面の対応だけでなく、広報や代替手段の検討など、複数のアクションが組み合わせられています。その中で、障害が発生した際に、どんなアクションを実行するのか、その判断が鍵となるわけです。

実際、障害対応に強い組織では、障害後の振り返りで「何をしたか」だけでなく、「なぜそう判断したか」を議論しています。

この積み重ねによって、経験が個人の中だけに閉じず、組織知へ変わっていきます。


属人化は“悪”ではなく“適応”である

最後に、もう1つ重要なことを書きたいと思います。それは、属人化は「現場が共有をサボった結果」ではない、ということです。

むしろ、多くの場合、現場は合理的に適応した結果として属人化しています。

  • 情報不足。
  • 時間不足。
  • 人員不足。
  • 複雑化するシステム。
  • 高度化する判断。

こうした状況の中で、少しでもサービス影響を小さくするため、素早く復旧させるため、「詳しい人に頼る」というのは、極めて自然な行動です。そのため、「属人化させるな」と精神論で求めても、改善は進みません。

必要なのは、

  • 障害の復旧にどんなアクションが考えられるか
  • どの情報が判断に必要なのか
  • どの文脈が重要なのか
  • どの判断基準を共有すべきなのか

を構造的に整理することです。構造として理解できるということは、改善可能だということでもあります。

属人化を完全になくすことは難しいかもしれません。しかし、

  • 何を言語化すべきか決める
  • 振り返りで共有する内容を変える
  • 少しずつベテランの暗黙知を構造化する

といった積み重ねによって、属人化は“制御可能”になります。

障害対応の強い組織とは、「属人化がゼロの組織」ではありません。経験や判断を、個人の中だけに閉じ込めず、少しずつ組織の力へ変えていける組織なのだと思います。

そして、その取り組みは、単に障害対応を改善するだけではありません。若手が育ちやすくなり、チームの安心感が増し、結果として、より挑戦できる組織にもつながっていきます。

もし皆さんの現場で、「結局あの人頼みになっている」という感覚があるなら、それは現場が悪いのではなく、改善余地があるというサインです。

まずは、「属人化が問題だ」ではなく、「なぜそうならざるを得ないのか」「それに対処するためには、私たちは何ができるのか」を考えるところから始めてみてはいかがでしょうか。